カル・ワシントン:商慣習法(海事法)ロストインタビュー
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リチャード・イノスです。Collective Evolutionです。
我々はバンクーバーに来ました、インタビューのためです、
非常に特別な人、カル・ワシントンにです。
InPower運動の共同設立者です。
今日お話しいただけるのは、いかにして我々自身の力を取り戻すかです。
彼の尽力したプログラムとしては、
家々に取り付けられるスマートメーターの回避、
今やっているプログラムは、5G、ワクチンです。特に5Gですが、
今日特にフォーカスするものです。
もし5Gが我々の健康に害があるなら、
それをどうやって回避するのでしょうか、我々の地域社会において。
ようこそ、カル。お会いできて光栄です。
素晴らしいインタビューになりそうですよ。
ありがとう。
で、手始めとしては、オンラインであなたのものを色々見るわけですが、
魅力的なものがありますね、法律にかかわる。
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そして、我々の力をいかに取り戻すか、
裁判所で何が起こるか、
水面下で本当は何が起こっているかです。
本当に我々にとって価値のある情報がありますね。
で、ここから始めたいのですが、広い概要からです、法律に関して。
法を理解することですね。
そして、独立宣言から始めたいのですが、
自然法と呼ばれる文脈からのものの理解からです。
あるいは、あなたの言うスピリチュアル領域からのものですね。
で、少々独立宣言から読んでみましょう。
そこからですね。
こうあります。
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「人類の歴史において、ある国民が、他の国民とを結び付けてきた政治的なきずなを断ち切り、世界の諸国家の間で、自然の法と自然神の法によって与えられる独立平等の地位を占めることが必要となったとき、 全世界の人々の意見を真摯に尊重するならば、その国の人々は自分たちが分離せざるを得なくなった理由について公に明言すべきであろう。」
これは大英帝国からの分離を話していますね。
我々には分離の権利があると。
そして言っていますね、有名な言葉です。
「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと。」
彼らは宣言していますね、
これの根源としては、「我々には自然の権利がある、人間として」と感じるところです。
これが、すべての法の根本ですね、
自然法あるいはスピリチュアル法です。
そこから始められると思いますが、あなたの理解としては。。。
あなたは理解しているわけですね、これが本当に我々の自然な権利であり、
我々が手を伸ばせるものであり、そのために戦えるものであると。
そして、実際に達成しうるのだと。
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同意しますね。
キーワードとしては、「自明である」です。
それとまた、彼らが言うには、権利ですが、含まれると、
その中に。
ですから、もっとあると、ほのめかしていますね。
しかし、少なくともこれらだと。
そして、彼らがそう宣言した事実です。
彼らは、システムの内部で行い、適切なやり方でやったわけです。
ですから、これは、
これは終わりではなく、
最終的には暴力(独立戦争)になりましたが、しかし、暴力で始まってはいません。
彼らの使っていた力に基づくものではなく、
何かしら真実に基づくわけですね。人類に共通のものです。
そして、これは平和的なやり方で行われました、紙の上でです。
そして、宣言されたんです。
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彼らはそれを送り、OKと言われればそれで終わりだったんです。
最終的に暴力になりましたが、
向こう側が合意しなかったからです。
そうですね、そして、彼らは言いますね、
そして実例をリストすると、
大英帝国に訴えようとしたものです。
そして、彼らがやっていた異なることです。
つまり、これは専制的だ、これは受け入れられない、
これは受け入れない、云々ですね。
そして、交渉を続けましたね。
そして言うわけです、
そういった一時的な政府の変更をすべきではないと、簡単な要因で。
しかし、結局のところ、我々のしたすべてのことは、正当化されていると感じると。
そして、神が我々の側と感じ、
神聖な審判は我々の側だと。
宣言の中で、我々は大英帝国との縁を切るのだと。
そして、我々は自由で独立しており、我々は自身の政府を作るのだと、これらの自由を守るために。
その通りですね、
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これは、宣言であり、適切な方法で行われたのです。
そして、状況を正すための適切なステップを踏んだんです。
これでさえも、極めて過激な動きでしたが、
しかしそれでも、いかなる暴力的方法でもありませんでした。
「これが、我々が今行うやり方であり、これがその理由である」と。
それらは、正当な理由ですね。
どう思うかなど、そこには書いてませんが、
しかし、それがその意図だったのです。
「これは我々のやり方であり、どうか認めてほしい」と。
認められなかったので衝突しましたが、しかし、
彼らが適切な方法で行った考え方なのです。
そして。。。
聖書的原理がありますね、
「兄弟のところに、こっそり行き、何かしら解決せよ」と。
「それを更に、二人の証人に適用し、」
「それを長老に適用し」、そのように上に行くわけです。順々に。
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いきなり飛びついてはいけないと、発砲開始は。
ですから、彼らはすべてを、
適切な原理に従いました。
これを、非常に雄弁に語り、
これは無視されて、戦争になったわけです。
これは、歴史上でも驚くべき時でしたね。
しかし、
こう言えるかもしれません、我々が今現在歴史上驚くべき時にいると。
そう言えませんか?
ある種、同様の状況になっているわけです。
我々が見ているのは、圧倒的な専制です、我々を統治しようとする者の。
そして、何かしら決断せねばならないのです、
我々自身の力を取り戻し、
我々が生きるための異なる種類のシステムを作ることです。
それについてはどうでしょう?
そうですね、米国革命に戻ってみると、
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これを理解せねばなりません、
その文脈をです。なぜなら、
我々は、後になっての判断から見ているわけです。英雄的行動のように見えるわけですね。
しかし、独立宣言に署名した人達は、
もしうまく行かなかったら、
戦争に勝てなかったら、全員反逆で吊るされるわけです。
ですから、
これについて責任があったのです、やるか死ぬかの。
中間はありえないんです。
この文書に名前を載せることにより、
100%の責任です。
うまく行かねば、吊るされようと。
これがわかっていました。
ですから、文脈を理解する必要があります。
彼らは英雄のように見えますが、その当時は、
結果がどう出るかわからなかったのです。
これは、
計算されたリスクです。
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そして、我々も同じポイントにいますね、
もし実際に、真剣な変化に関わり、責任を持たねば、
その結果としては悲劇的になるでしょう、明らかに。
ですから、我々は再び、そのような分かれ道にいるのです、世界中がです。
単に一つの国ではありません。
すると、こういった感覚がありますね、
起こってることについての、より広いアウェアネスが必要だと、
アクティブになるにはです。
そして、何かのために立ち上がる、我々にとって重要なもののために。
そして、反対するのだと、我々の健康の害となるものに。
この後で5Gについてお話ししますが、連中がやろうとしているものですね。
そうですね、再度、独立宣言についてですが、
あなたがほのめかしたように、
彼らには感覚があったのです。。。
私が思うには、信念以上のものだと思います。
彼らは理解していたのです、
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神はリアルであり、そして、
より高位のルールがあると、
明確なルール以上のです。
時間的な存在が作り出した以上のものです。
そして、これらのルールの実行が、彼らに求められたのです。
そして、彼らは感じたのです、これらが非常にリアルであり、
その非常にリアルな助けがあると。
この文書に名前を書くなどするためには。。。
その軍事的能力というのは、
その当時のものとしては、英国に比べれば、
巨大なリスクですよ。
彼らは、何かしらを本当に信じる必要があったのです。
信念以上のものですね、知る必要がありました。
これが可能であると。
そして、実際に起こる必要があることです。
ですから、喜んで署名したのです。
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そして彼らは感じたのですね、モラル的な高みにあると。
彼らは真実の位置におり、彼らが協調したのは、
正義のスピリチュアル的力ですね。
そうです。
だから、書いたのです、「自明だ」と。
そして、その実行を欲し、力を取り戻したかったのです、その当時。
素晴らしいですね。
我々は今の我々の状況がわかっているわけです。
様々な法のもとにいるわけですね。
その多くは、我々が同意していないものです。
単にやってきたわけです、税金とか、
様々なテクノロジーが導入され、多くのことが我々の社会に単に導入されたんです。
知りたいこととしては、概要をお教えくださるかですが、
今お話しした自然法から始まり、
我々が実際に生きているのが、どんな法の下なのか、それを説明するとなると、
それがどのようにもたらされたかです。
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つまり、法としては、カナダのもの、米国のもの、欧州のものです。
大きな質問だとはわかってますが。
これは、長大な時間にわたるものです。
そうですね、彼らは掘り起こせば起こすほど、見出したわけです、
こういったものですね、我々が話してきた以上のものです。
しかし、
全般的に見て、私が見出したものとしては。。。
なぜなら、私は成長すると共に、物事がどうなっているかという考えを持ったわけですが、
しかし、明らかにそこに置かれたものです。
ですから、こういった考えを持ったのです、ほとんどの人が、どういう仕組みであるかの考えを持っていると。
私がそこに飛び込んだ時に見出したことは、異なるものでした。
あなたがおっしゃることは裁判所システムですね?
-- そうです。
私は裁判所に引きずり出され、わかったのです、私の思っていたようなものではなかったと。
ただそうだったのです。
それにより、追い立てられたのです。なぜなら、
私は、それが何か見出したかったのです。
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まず最初に、それは何だと思いましたか?どう思いました?
私が思ったのは、テレビや他のものから思ったと思いますが、ともあれ、
思ったのです、裁判所とは、
公平なシステムであり、真実を見出すところだと。
そして、全員にとって正義をなすところであり、
合意や理解に達するところであり、
たとえ単に判決にしても、誰にとってもフェアであると。
関連する全員にとってですね。
思うに、それが一般的な見方ですよね。
その見方が、我々に与えられたのです。
こう考えるべきだと、
「OK。すべてが世界にとって良好で、政府は裁判所に支配されており、裁判所は正義であり、」
「そして独立であり」と。
ですから、入っていった時の私の理解はそうだったんです。
そして、何回か、何かしらを見て、
そこに居てみると、
こう思えたんです、
そうではないことに、気づいていなかったんです。
これは、
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私のことでしたから、そこに行かねばならず、
ほとんど、一ヶ月に二度ですね。
そして、
それが理解の始まりだったんです、何が起こっているかの。
判事の言ういくつかは、意味をなしてなかったんです、
何が起こってるかの理解において。
ですから、実際に何が起こっているのか理解しようとしました。
何かしら別の計画が進行していたと言えます。
はっきりとはわからなかったんです。意味をなしていませんでした。
後になれば、何であるかはわかってますが、当時は知りませんでした。ですから、
私は質問をし始め、
私の(裁判の)組み立てから言って、拒否しました。
それは気に入りませんね、間違ってますと。
核心のレベルでです。ですから、
少々は、断固として許しませんでした。
許さないことを続けられたんです。
長い間です。
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何かしら例をあげられますか?裁判所での状況とか、
実際に、何かしらをしたわけですよね、異なることを。
「いいえ、受け入れません」などと。
実際に最初はそんなことしませんでした。
これは、
判事が何か言って、私が質問するわけです。。。
思い出すのは、いっとき、
「私はどこにいるのか」と言ったのです。
「あなたはこう言いましたよね?」
「私はどの国にいるのか?裁判所は何なのか?」
「ここで何が起こってるのか?」と。
単に質問ですよ、判事に直接的にです。
「ここで何が起こってるんだ?」と。
そして、判事は私を見て、彼女は、
「あなたは非常に洗練されてるわね、ミスター・ワシントン。そのまま続けて」
そして思ったんです、「どういう意味だ?」と。
その文脈がわかりませんからね。私は、
知りさえせず、何なのかわからなかったんです。
すると、本当に圧倒されたのですね?
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もっとですよ、一体どういう意味なんだと。
何かしら本当に起こっていて、それは。。。
そうですね、何が起こっていて、私は何をすれば良いのかと。
私はどうすることになっているのかと。
私は単に質問をしました。私はどこに立っているのかわからなかったからです、
その言葉が私に発せられたことから。
そんな感じです。そういったことがいくつかあり、
二人の警察官が、私と握手してくれ、言ったのです、「続けろ」と。
「君のやってることはわかってる」と。
嬉しいと?
私は、うすうすわかり始めたのです、学ぶと共に。
しかし、何かしら正義には思えなかったんですよね?
あなたに言われたこと、そして、物事が進むやり方がです。
そして、何があなたに、そう言う、そうやる権利を与えたのかと。
何なんだと。
これは、独立して公平な正義のシステムという文脈では、
何かしら別のことが起こっているわけです。
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でなければ、そんなことを見たり聞いたりするはずがないわけです。
ですから、それが私をやり続けさせたんです。
そして、こういった考えは好きじゃなかったんです、
何かしらの機関が、私に指示することです、
これからの私の家族のありかたとか、
どのように子供たちが育つかとか、
人生とはこういうものだとか。
そして、NOだと。そうは思わないと。なぜなら、
より高位の物事の秩序があるからです。
家族は単位であり、その機能の仕方があるべきだと。
でなければ、
子孫がバランスを失ってしまうと。
それが導く先は、社会の崩壊だと。
ですから、それらすべてです、私の抵抗には、それらすべてがあったんです。
ですから、家族単位の自己決定ですね。
それが、最初に抵抗したことですね。
そうです、それが私に力を与えました、それをやり抜くことの。